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三浦パン屋 充麦
蔭山充洋さん

自分が作る商品をきっかけに、生産者と消費者をつなげたい

最寄りの京浜急行三崎口駅から車で5分の場所に、休日ともなると都心からもパン好きが集う人気のパン屋さんがあります。原材料となる小麦の栽培・製粉から「自家製」にこだわった「三浦パン屋 充麦(みつむぎ)」を営む蔭山充洋さんが、三浦で小麦栽培を始めた理由とは。小麦への愛情に満ちたストーリーをクローズアップ!

DJからパン職人へ、夜型人間が「超」朝型に大変身

昔懐かしい木目の引き戸をガラガラと開け、ナチュラルなテイストの店内に入ると聞こえてくる、リズムの効いたブラックミュージック。異色とも思える組み合わせですが、ご主人の蔭山さんはどぶ板通りの外国人向けバーでDJをしていた事もあり、音楽には深い思い入れがあるとのこと。
高校時代の深夜バイトに始まる昼夜逆転生活から脱却するべく、20代半ばにして志したのがパン職人への道。地元、馬堀海岸のパン屋さんに就職し、パン作りの基本からお店のマネジメントまで、ベーカリーとしてのノウハウを一通り習得しました。なぜパン屋を選んだのかというと、「手間暇をかけて作ったパンも、食べる時は一瞬。そんな儚い、刹那的な美に魅力を感じた」という素敵な理由を教えてくださいました。ただ、「美味しいパン屋さんはいくらでもあるし、あえて自分が店をやる必要はないかな」と思い、独立は考えていませんでした。しかし、そんな蔭山さんに運命的な出来事が起こります。

目から鱗の発想転換、地元の食材を使ってパンを焼く

貯めたお金でヨーロッパを放浪していたある日のこと。滞在先のフランス・アヴィニヨンで朝市に行こうとして迷子になってしまった時、運よく在仏の日本人と出会い、友人が営むパン屋さんに招待されます。気づけば車通りの少ない山の麓まで来てしまい、土地勘もなく不安を感じ始めた頃、ようやく店に到着。ホッと安堵のため息をつきながら焼き上がったバケットの豊かな香りを楽しんでいると、「隣の農家でとれた小麦を使っている」と言われて驚きを受けました。なぜなら蔭山さんにとって、パン作りに使用する小麦粉は「国が輸入したものを問屋から仕入れる」のが常識だったからです。すぐ隣の畑でとれた知り合いの農家が作る小麦を使ってパンを作るという発想は、微塵もありませんでした。

三浦で小麦栽培に着手し、幸運にも初年度から収穫に成功

帰国してすぐ、蔭山さんは自ら小麦栽培に挑戦します。実は奥さまの実家が三浦で代々農業を営んでいて、休耕している農地があったのです。しかし、義父はもちろん周りの農家も麦の作り方はおろか種すら持っていません。そこで市に相談すると、神奈川県で推奨しているパン用の小麦品種があることを教わり、種を分けてもらって栽培を開始しました。実は小麦は農薬を使わなくても病気や害虫に強い品種。だからこそ世界中で主食として親しまれているのですね。

今では、横須賀ビール・ヨロッコビールといった地元のクラフトビールや、三浦の丸清製麺の生パスタに使用されるなど、蔭山さんの作った小麦が三浦半島で愛されています。

ついに一念発起、小麦粉から手作りの100%自家製パンに挑戦

「苦労話の一つもできなくて申し訳ない」と笑う蔭山さんの言葉通り、収穫までスムーズに進んだ小麦作り。しかし、落とし穴はその後に待ち構えていました。収穫した小麦の管理が不十分で、梅雨の湿気であっという間にカビだらけなってしまったのです。
翌年は前年の倍以上の小麦が育ちました。失敗した保管体制も万全。丁寧に製粉して自家製の小麦粉が出来上がります。ところがここでも再び問題が発生。せっかく作った小麦粉なのに...売れない!
実は三浦半島でも、戦後くらいまでは小麦を作っていたそうだです。しかし、栽培期間が長い割に国の買取価格が低いため、安定性を求めて野菜栽培が主流となったのだとか。蔭山さんは三浦産の小麦を広めるために、自分で育てた小麦粉で自らパンを作る決心をします。

自家製だからこその、小麦の豊かな香りと思い入れ

「普通の小麦と自家製の小麦との一番の違いは、やはり香り」だと蔭山さんは言います。挽き立ての小麦粉は水分量が多く、パン作りの作業に支障が出てしまうのだとか。そのため1~3ヵ月ほど熟成期間を経て出荷されるのが一般的。しかし、挽いてから時間が経つほど香りが飛んでしまうので、蔭山さんは引き立ての小麦を使用しているそうです。製粉する時の摩擦熱も香りにとっては天敵となるので、ゆっくり丁寧に挽いて生産量より質を重視した小麦作りを貫いています。
そして、「自分で作った小麦は表皮を捨てることすらできない。」と食材に対する思い入れはひとしお。非科学的な部分もありますが、これくらい生産者が愛情を込めて作るパンが美味しくないわけがありません。

「食」という漢字は、「人」に「良」と書く

蔭山さんが作るパンには、三浦半島の食材がふんだんに使用されています。もちろん、素材そのものが「美味しい」ことが一番の理由ですが、農家さんが一生懸命作っているものを少しでも広めたい、味わって欲しいという気持ちもあるのだとか。お客さんが蔭山さんのパンをきっかけに地元の野菜に興味を持ち、直売所に行って生産者と話をするようになり、気づけば行きつけの「My農家」ができている。そんな一助となれたらこんなに嬉しいことはないと言います。
「とにかく三浦には、人柄の良い農家さんがたくさんいます。食という漢字は『人』に『良い』と書くから、良い人が作る野菜は美味しいわけですよね。」と蔭山さん。中には、スライスした時に大きさが揃いやすい長茄子をわざわざ栽培して持ってきてくれた方もいたとか。

いわゆる「定番もの」以外のレシピは、すべて蔭山さん自身で考案。まずは使用する旬の食材を決め、その美味しさを引き出す方法を考えるのだとか。

恵まれた「風土」と暮らす「人」それが三浦半島の魅力

それは、蔭山さんが横須賀で暮らしていた若い頃。一度だけ、三浦に足を運ぶ機会がありました。三崎で朝市を見てからぶらぶらしていると、漁港のおじさんに「何か困っているのか?」と声を掛けられ、その時感じた三浦の人の気さくな人柄が今も印象に残っていると言います。
蔭山さんに三浦半島の魅力を尋ねると「都会に住む人たちからは、『時間の流れ方が違う』とよく言われます。自分は一度も三浦半島から出たことがないので分からないですけど」という答えが返ってきました。でもそれは、「豊かな自然や温暖な気候といった『風土』だけが理由ではなく、そこで暮らす『人』が醸し出すものでもある」とも。なるほど、そう話す蔭山さんの屈託のない笑顔を見ていると、思わず納得せずにはいられません。
そんな魅力ある三浦半島の、“食の魅力”について伺うと、これまた「人」という答えが返ってきました。「三浦半島は生産者さんとの距離が近い。食材を新鮮なまま食べられるのも、人と人の近さがあるからだと思う。作った人の顔が思い浮かぶのも、消費者にとっての安心に繋がると感じています。」

近い将来、小麦の種蒔きからパン作りまでを体験できる「麦から育てるパン教室」をやってみたいと語る蔭山さん。「かなり長丁場だから、人が集まるか分かりませんけれど」と自嘲気味に笑いますが、たとえ一年がかりでも参加してみたいと思うのは、私だけではないはずです。