アウトドアライフアドバイザー
寒川一さん

自然という教材を使い、たくましく豊かに生きる知恵を発信する
アウトドアライフアドバイザー 寒川一さん
JR鎌倉駅のホームから見える一軒のアウトドアショップ。ナイフをかたどったドアノブに冒険心をかき立てられ扉を開けると、そこには北欧のアウトドアブランドのグッズがずらり。この「UPI OUTDOOR鎌倉」を拠点にアウトドアライフアドバイザーとして活躍する寒川一さんは、イベントやメディアにも多く出演し本も執筆するこの世界の第一人者。ブーム到来の中、今伝えていきたいアウトドアについて語っていただきました。
足りなかった「自然」を求め、秋谷に移住
故郷の香川を離れ東京で暮らす中、「足りないものに気づいた」という寒川さん。それは何かと言うと、故郷には当たり前のようにあった「自然」。そしてある時遊びに訪れた横須賀・秋谷で、自然と戯れるように暮らすこの土地の人々の日常に心が動かされたそう。
「海岸に行ってみたら平日にも関わらず、大人が思い思いの時間を過ごしているんです。そんな光景を見た後に東京に帰ると、都会と秋谷では時間の流れが明らかに違うと感じたし、平日は働き週末に休むというライフスタイルの概念も崩れていきました」
その後、輸入業の傍ら秋谷に中古の家を手に入れ、2年間、週末に東京と秋谷を行き来して「自然が身近にあるこの地で生きる準備」を続け、自宅の1階で夢だったアウトドアショップを開業することに。
「東京と秋谷は気軽に通える距離なので行ったり来たりの2年間は楽しかったですね。高層ビルと自然の間を行き来したからこそ、今の自分に足りないエッセンスや本当にやりたいことが浮き彫りになったのだと思います」

日常を休む“静的”アウトドアを提案
秋谷でスタートしたアウトドアショップのコンセプトは、“静的”アウトドア。三浦半島がそうさせたと言っても過言ではなく、「半島の西側に行くと相模湾越しに沈む夕日が絶景なんです。日没までの2時間は仕事の手を止めて、浜に出て焚火の炎を眺めて過ごすなんて素敵だと思いませんか。自然美を前にして単にアウトドアグッズを売るのではなく、忙しい大人が日常を休む『贅沢な時間の過ごし方』を提案したいと思い浮かんだのがこのコンセプトでした。」
ショップのメインサービスとして始めた焚火カフェは好評を博し、加えて山に入ってハンモックを張るのに適した場所を探す“ハンモックハンティング”も人気に。アウトドアと聞くとアクティブなイメージですが、揺れる炎に癒され、ハンモックに身を委ねて樹々のざわめきに耳を澄ます静的な時間は、めまぐるしい情報化社会に生きる私達の心が求めているひとときなのかもしれません。
火やナイフの文化を継承し、アウトドアの真髄を伝えたい
アウトドアのジャンルには、「レジャー」と「生きるため」の2種類あり、伝えていきたいのはナイフの使い方や火起こしの方法を習得する、生きるためのアウトドア。それこそがアウトドアの真髄だと熱く語る寒川さん。
「ナイフや焚火は人間の営みの基盤であり、火の文化は3万年も前から脈々と受け継がれ、日本でも昔はごく普通に家庭でかまどやお風呂に薪をくべて燃やしていたのです。文明の発達に伴い火の文化が衰退している今、生きる根源となるこうした文化を継承しなければならないという使命感にかられています」

海と山の両方に底知れぬ魅力を秘めた三浦半島
海と山を有する三浦半島の魅力について寒川さんは、
「三浦半島や相模湾の海中は高低差があり地形が複雑。そのため未発見の海洋生物が多く、何が潜んでいるか分からないところに底知れぬロマンを感じます。
そして住んでみて分かったのは、海だけでなく山も魅力的だということ。比較的低い山が連なっているためトレッキング向きで、三浦アルプスの東西を6時間程で横断する半島横断ツアーを組んだこともあります。三浦半島は4市1町がコンパクトにまとまり、山を越えるたびに街のカラーが変わり景色のグラ―デーションを見るのがおもしろいですよ。葉山から山に入って横須賀の軍港に出て、下山後は銭湯で汗を流し居酒屋で喉を潤すのが定番。三浦アルプスを越えて西の海から東の海に出る『Sea to Sea』が1日でできるのは、私が知る限りこの三浦半島だけですね」
またカヤックで漕ぎ出して海から陸を見ると、街と海の密接な関係性に気づくそう。
「建物がひとつできると風が変わり、飛び交う鳥の種類も変わります。三浦半島は、人間本位になりがちな自分たちの暮らしを見直す意味でも多くの気づきを与えてくれる所だと思います」
そして災害の多い昨今、このようにアウトドアを通じて住んでいる地域を歩くことが、避けるべき危険な場所や逃げるべき安全な場所を知ることになり、防災の観点からも重要だと寒川さんは考えています。UPIでは定期的に大人対象のスタディトレッキングツアーを開催し、「ケリーケトルや浄水器を携えて鎌倉の山に入り、トレッキングの途中で湧き水と燃料を調達してナイフを使って火を起こし、『ペットボトル1本分の水で米を炊き、フリーズドライのカレーを食べて、お茶を飲む』体験を通してアウトドアアイテムの使い方を学んでいただきます。こうした知識は水道やガスなどのライフラインが途絶えた時にも役立ち、防災・観光・生き抜く術を一度に体感できるツアーになっています」
食材が豊かなのは、人が豊かであるということ
自然に恵まれた土地は、食材に恵まれているもので三浦半島も例外ではありません。目の前に新鮮な食材がとれる海や畑が広がり、流通に乗せず作り手からダイレクトに食材が届くのもこの土地ならでは。
「家に帰ると玄関のドアノブに野菜や果物が入った袋がかかっていて、最初はびっくりしました。食べ物を通して人が交流し、こうしたおすそわけの精神が生まれ、豊かな食材を中心としたつながりが住む人の心も豊かにしていると感じますね」

ゆったりと時間が流れ、食材にも恵まれた暮らしやすい三浦半島。同時にたくましく豊かに生きる術を教えてくれる自然という教材が揃い、アウトドアフィールドとしても最適な場所。生きるためのアウトドアを発信する寒川さんが、この場所に魅せられたのは必然のような気がします。2021年1月には東京・表参道でUPIの新店舗がオープンし、寒川さんの歩みはまだまだ止まりません。

寒川さんがアドバイザーを務める「UPI OUTDOOR鎌倉」と隣接する「SKÅL Kamakura」では、スウェーデン語で「乾杯」を意味する店名のとおり、店内では横須賀ビールや箕面ビールといったご当地クラフトビールも楽しめます。